TUGU el 3 (まるだし版)

からだをみる人のあたまの中

がん宣告の一歩手前でさぁどっちを選ぶ!?

いまわたしはからだの仕事以外していない。バイトはだいぶ前に辞めてしまった。ものすごく具合が悪かったからである。ひどい頭痛で約束もままならず、ましてやシフト制のバイトなんて本当にしんどかった。

ある状況に悩み続け、葛藤して、我慢して、怒りや悲しみでいっぱいで、笑えてなくて、さらには声を出して泣いてしまうほどの強烈な頭痛。ひとまず休もう、と思った。

 

で、頭痛をどうにかしたくて自分でいろいろ調べてたどり着いたのは産婦人科だった。

(これについては言いたいことが山ほどあるんだけど笑、また今度に)

簡単に言うと頭痛は鎮痛剤飲んでくださいってことで(怒)、もう何年も子宮検診してないからやりましょうってなった。

 

後日、結果が出て震えた。
「子宮頚ガンの可能性が、、、」
頭痛治したかったのにガンだって。
まーでもそうだよなぁあんな状態で過ごしてたらそりゃなるよねぇなんかもういろいろしんどいしこのままだれかのせいにして死んじゃうのもいいかもなぁ、、、とか。

思ったけど生きることに決めた。

 

罪悪感と戦いながらもとにかく休むこと。食べ物にも気をつけた。よもぎの効能効果に感動した。ロルフィングで自分の軸を変えていった。自分のからだとこんなに真剣に向き合ったのは正直初めてだった。
そして怒りや悲しみと向き合うのはほんと辛かったけど、自分に嘘がないように「本当はどうしたいのか」を選択し続けて過ごした。

 

 

ら!!!

 

おとといの検査の結果【異常なし】と!!!

 

こころとからだの繋がりがわかりやすいカタチで出ました自分自身に笑

良い経験でした。からだをみる人が自分と向き合わずに偉そうなこと言えないもんな。。


ちなみにガンの疑いから「3ヶ月後に再検査しに来てください」と言われてたのに半年後に行ったのでもちろん怒られました笑 自分の中で「もう大丈夫」と思えるまで行きたくなかったから。

 

旧正月も迎えたこのタイミングで、ようやくスタートラインに立てた気分。ここからは時間もないしちょっと急ぎ足で大切なものを創造していきたいと思っている。

 

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もちろんもう元気なので大丈夫です☺︎

だってできることしかやれないじゃない

わたしはいま30分を基本に施術を承っている。
はじめた頃は技術的な不安と自信のなさから放っておいたら90分以上やったりもしていた。これではいろいろ良くない!と、あくまでも自己治癒力へのきっかけを与えるだけであること、変化を追わないこと、そしてそれをなんとか60分でやり終えること、を常に意識してやるようになった。
同時にイベント出店や店舗での出張で声をかけていただくことが多くなり、今度は30分という時間の中で何ができるかを考えるようになり、結局は60分で意識してたことを30分でやるだけだったが、それを続けていったら「30分でも充分」という自信がついてきて、いまの基本的なカタチが出来上がった。

 

…というのがあって、いま基本30分でやってるんだけど、昨日は矯正とTMX理論でバランスを整えるだけの「5分500円」の体験メニューを打ち出してみました。正直ビビってました笑
わたしに5分で何ができるか。でもこれも60分で意識してたことを5分でやるだけでした。

 

やられる側は少しでも長くほぐされたいしやられた感を味わいたい。でもわたしは公言してるように「癒しナシ」でいいんです笑 だって施術後の自らの力で治癒していく過程がなによりの癒しだと思ってるから。人のことなんて癒せないし、誰かに癒してもらいたいと願う人はいつまでたっても癒されず求め続けるんじゃないかな。

 

てことで結果、受けてくださった方々がみんな変化にびっくりしてた!そりゃそうなんだけど!
やーほんとやってよかった嬉しい。
何分だろうが必要なことを見極めてやるだけ。
昨日の経験はわたしにとってかなり自信になりました。受けてくださった方々に感謝ですありがとう◎

 

フリマも大盛況で、またしても記録更新じゃないかってくらいたくさんの人が来場しました。忙しすぎて写真一枚も撮れなくて終わってからみんなで食べた肉ケーキの写真しかなかった。。

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こいつのぶんも生きるぜとかじゃない話し

今日は友達の命日。

まだわたしが20歳のとき初めて身近な人を突然亡くした。もう22年経つんだなぁ早い。

知り合って間もなかったしそんなに頻繁に会うこともなかったんだけど、そこにその人がいるとなぜか安心して居られた。他の人たちは話さないし怖かったけど笑、その人は気にかけてくれたしとにかく優しかった。

 

バイク事故。

 

当日は「お前は来るな」と言われてお留守番してたんだった思い出した。亡くなった連絡を受けてもいまいちピンとこなかったんだけど、お通夜の日、顔を見たら涙が止まらなくて「なんで?なんで?なんで?」ってずっと泣いてて、みんなでごはん食べてるときもずっと泣き止まなかったらオヤジに「泣くな!」って怒られた。

 

なんであんなに泣いたのか。

今となってはあの時の感情ももう忘れてしまったけど、オヤジに怒鳴られて目が覚めたことはハッキリと覚えてる。

 

受け入れられなかった。

現実を。

 

受け入れることを知ったのはあの日だった。

本当の意味で「受け入れる」ってのは、もっともっとしんどい作業だってことを知ったのは最近だけど笑

でもあの日がなかったら現実をいつまで経っても受け入れられない人になっていたし、父親が亡くなったときも冷静で居られたし、なによりいまのわたしはないなってくらい、やまちょにもオヤジにもとても感謝しています。

だから毎年この日になるとお墓の掃除をしに行く。行かなかった数年もなぜかお墓にたどり着けなかったときもあったけど。これからも会いに行くよ。

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その人のぶんまで生きます、とか、その人が喜んでくれたら、とか、その人に恥じないように、とか、生かされてるから、とか、、、そんなことじゃないんじゃないの?とわたしは思う。いなくなるのは寂しいけど、わたしはこれからも「ありがとう」の気持ちをいつまででも伝えたい。

 

オヤジにはまだなにも返せてないなー

もうちょっと待っててね!

 

『あの頃』

搬入のお手伝いをしてるときから気になっていて、ずっとずっと気になっていたけど個展にも行けなくて、でももう一度しっかりこの目で見てからだに残しておきたいなぁ、と、人生で初めて本気で心動かされる絵に出会った。


なんでだかわからなかった。
でも後日、Boojilのこの絵への想いを読んで涙が溢れた。

 

『あの頃』

というタイトルだった。


「あなたが産まれた日にもらった花束を思い出して描いたもの。あの頃はいつまでも色褪せない」


そんな絵が、わたしのところにやってきました。最高なかたちで。

 

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あの頃。
わたしはやっぱりそこに戻りたかったんだ。なんかもう理不尽なことが多すぎてすっかり諦めちゃってたな。

 

これからもずっとあの頃みたいに笑いたい。

 

「みんなそれぞれ特別な日がある。それをこの絵を見て思い出してもらえたらいいな」って語ってくれたその日もまた特別な日になりました。


一生の宝物ですありがとう。

*あけましておめでとうございます*

一年を振り返る作業は12月に近づくとはじめてしまって完了してるんだけど、まとめるのがいつも年明けになってしまうのは、大晦日は格闘技で忙しいからです笑
こうして文字に残しておくことは、これからのために。。

 

2016年は、友達をふたり(ひとりは猫)亡くしました。
心臓で倒れた彼のことを気にかけながらも会うこともなく1年以上経ち、用事があって久しぶりに会った1.2分の時間。

 

「こんど心臓が良くなるスイッチ押してよ」
「そうだねやろうね」

 

このたぶん10日後に心肺停止。約束したのに。その時にはもう面会もできず、悔しくて悔しくてたくさん泣いた。

 

そんなことがあって「自分にいまできること」それだけに集中して過ごした一年でした。


嬉しい出会いもたくさんあったし、悔しい想いもたくさんしたし、目の前が真っ暗になるほど心配して夢中で走ったり、安心してひとりで泣いたり。いろいろあってものすごい長く感じた一年だったけど、これからに繋がる土台は作れたと思います。

 

今年はいままでの嘘がどんどん明るみになる年らしいです。本当の自分を強制的にみせられる年。恐い!でもその準備はできています。彼と御神本(猫)の死がわたしを大きくしてくれましたありがとう。本当の強さはここからが本番ですよ。

 

また一年引き続き、
「自分にいまできること」
「自分が本当はどうしたいのか」
間違えることなくやっていきます。

そして、こうやって、キラキラした言葉や借り物の言葉は使えないけど、わたしの言葉で言いたいことは伝えていきたいな。

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今年もよろしくお願いいたします☺︎

「価値観はそう簡単に変わらない」という言葉をどう受け取るか。

例えば。
電車の中で大声を出していたり、
人混みの中で飛び跳ねていたり。
そんな時でも彼らは投げられた汚い言葉や視線を理解して受け取っているということ。これだけは知っていてほしいなと、これを観て思いました。

 

http://www.dailymotion.com/video/x54zaz7

 

障がいがあるからかわいそう
ガンになってかわいそう
病気になってかわいそう
意識不明の重体でかわいそう
交通事故してかわいそう
地震が起きてかわいそう
愛する人が死んでかわいそう
片親でかわいそう
ひどい親でかわいそう
受験に落ちてかわいそう
仕事がなくてかわいそう
仕事が忙しくてかわいそう

 

まぁなんでもいいんだけど。
かわいそうがってる人、かわいそうがられてる人、それをネタにがんばってますとアピールする人、わたしは大嫌いです。
その関係性では何も生まないのに何か生まれてるふうになっていてものすごく違和感を感じてしまう。

 

それをどう受け止め、
自分に何ができるか、
それだけでしかないと思う。

 

この自閉症の人が13歳のときの自分へ送った
「人生は短い」という言葉みたいに。

片岡メリヤスという美人。

あー寂しい。
メリヤスさんの個展、昨日で終了。

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施術部屋で温かく見守ってくれたこの子たちとお別れしてきました。寂しい。60体のぬいぐるみもすべて完売!すごいもんみせてもらいました。あー寂しい!

 

まだまだ知らない世界があるんだなぁ。

世界広すぎるな。こうやってわたしの概念をボロボロと壊してくれるおかっぱちゃんハウスでベッドを出せるのはほんとに幸せなことです。

 

狭い世界でぬくぬくと成長するより知らない世界に飛び出して「世界ひろーい」「自分ちいさーい」って知っていくことのほうが、猛烈に心細くなるけど、一通り経験したら心から「大丈夫」と思えてむくりと何かが大きくなる。わたしはそういう成長がいい。そう、もっと大きくなりたい。ハリボテじゃないやつ。

 

「出会えて良かった」と言ってくれる人がいること。それがなによりもむくりとさせてくれるのかもしれない。

 

広い世界に飛び出したときに出会う人たちとの【縁】を、たとえ一瞬の出会いでも、わたしは大切にしたいな。