TUGUel3 (まるだし版)

からだをみるひと

赤ちゃんの木

昨日で《人体 神秘の巨大ネットワーク》が最終回。その前に、と思って録画しておいた"生命誕生"の回を号泣しながら観ました。

そう、号泣ですよ。

身体ってほんと美しいなぁと思って。


当たり前と思うか、奇跡と思うか、そんなのはどっちでもよくて、だけど身体は当たり前のようにがんばって奇跡を起こし続けているんだよ。もっと信じてあげて大丈夫。でもがんばってる身体にしてあげれることもたくさんある。身体ってすごい!って知るだけでもいいんだと思う。


再放送はもう終わっちゃったみたいだけどまたやらないかなぁ。これ、生まれてきたすべてのひとに観てもらいたい。

 

最終回もよかったなぁ。

でてきた治療法が良い悪いは別として。

細胞なんなのー!ってなった。


ちなみに撮り貯めておいたそれまでの回はブルーレイが傷ついたとかいって観れませんでしたくそうー。

とかいって書いてみる

そうそう、話したいといえば

1年ぶりにカイロの師匠と会った。

「とくに相談することもないんですけど」と言って呼び出した。周りでは大先生扱いで、大先生扱いされるだけの先生で、だけどあたしにはこの誘い方が正解なのである。たぶん。

 

ほんとは痛めた手がどうなってるのか知りたくて師匠の顔が浮かんでそれを自分の中の口実にしてようやく会えた。なんとなく、少し間を置こうと決めたのは自分自身だったから。

 

1年ぶりのぎこちなさはあったけど久々な感じもせずに前と同じように話せた。手も触って2秒くらいで「ああ、これやわ」って細い筋イジって整えてくれた。

やっぱりすごい。

やっぱりおもしろい。

この人からもっと学びたい。

そう思えた。

 

1年間ひとりでやってきて、からだのこと、この仕事のこと、話せる人がいるって本当にありがたくて大切な存在なんだなってわかった。

話せる人がいなくなってわかった。

もっともっと話したい。

話せる人探すか、、。

 

師匠とは大阪の人だしそうちょこちょこと会えないけど、ルノアールで会うの楽しみにしてたし、また呼び出そう。大阪にも行こう。

 

 

 

 

 

これ見たいし。

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写真は前行ったときに撮った模型のやつ

怖いの?

最近、なにか書いて言葉にするのが難しい。

星読みではちょっと前から

表現しなさい、ってみんな言ってる。

だからそうするってこともないんだけど、

きっといま表現することで広がるものは

あるんだろうなぁってのもなんとなくわかる。

けど、難しい。

難しいって単語が適切じゃない気もする。

言葉じゃなくていいのかもしれないし。

SNSとかもういいかなとも思ってる笑

 

あ、でも会話から得るものは多い。

話したいんだな。

ホームページ作ったよって話しだよー

近所の、いつも待合室に人が溢れていた人気の整骨院が『突然ですが閉院します急ですいません』みたいな貼紙をして終わっていた。そのちょっと前にも評判の良い整骨院に『本日よりしばらくお休みします』と貼紙してあるのを見たばかりだった(←これは後日しばらくしてまた開いてるのを見たから閉院したわけじゃなかったらしい)。

んで、その人気の整骨院の閉院の貼紙を見て、すっごい漠然とだけど「ああ、もうこれからはひとりひとりが自分でからだを治していく時代になるんだなぁ」って頭にぽっかり浮かんできた。

いまは整骨院や整体やオイルトリートメントもエステもそうか、あとなんかいろいろ、からだをどうにかしてくれるとこが街じゅうに溢れていて、ちょっと昔よりそういうとこに行く人たちがグンと増えて、それで食べてってる施術家もこれからこれで食べていこうとがんばってる施術家も趣味みたいにやってる施術家も、とにかく施術家と呼ばれる人たちが大勢いて。

でもこれからはきっと治してもらうより自分で治していく過程にみんなが集中していくんじゃないかなぁと思ったわけです。施術家いらず。で、施術家多数廃業。

あくまでもあたしの頭にぽっかり浮かんだ適当なものだから根拠もなにもないよ。でもあたしが望んでいることだったよ。廃業したいわけじゃないよ笑

何がしたいんだろうって

ここ最近ずっと考えてて思い出した。

 

施術家もこれからは本物しか残らないと思うし、だとしたらあたしは残る自信はある。だから痛みや不調を抱えている人たちには施術というかたちで精一杯努力するけど、それだけじゃない、未病の手前?の人たちや健やかに過ごしてる人たちにも自分のからだに興味をもってもらえること、"自分で治していく"人たちにその過程のお手伝いをより深くできるようになること、そんな感じのことをこれからもっと学んでやっていきたいなぁとぼんやり思いました。

 

でもこれ、自分の中の意識の話しだな。

 

やることは変わらないかもしれないしガラリと変わるかもしれない。まぁでも言ってることはずっと変わってないと思う。結局ぶち当たるのは「それで食べていけるの?」ってとこである。

 

・・・こんなことを考えながら

悶々とホームページ作ってました。

 

https://tuguel3.jimdo.com/

 

あたしのことを知ってもらえるツールにしたいからちょこちょこ手直ししていくよ。

もっと柔らかくしたいのね。

38+おいしいもの

漢方の先生に「おいしいものを食べなさい」と言われた。「わたしのおいしいものとあなたのおいしいものは違うからね」「ちゃんと選んで」「それがあなたの欲しているものだよ」と。

自分の欲しいものをちゃんと選ぶ。

それがもうひとつの処方箋。

食べものに限らず、なんでも。

食べものでからだが作られ、

自分の選択でこころが作られるのね。

 

漢方飲みはじめて一ヶ月経っていろんなからだの変化も出てきた。なかでも地味に変化してるのは体重で、ちょっとずつ増えてきていて減ったりもせずようやく安定してきた。ずっと太りたかったから嬉しい。ああ、でもあれか、漢方の効果とそれこそ「おいしいもの」を選んで食べるようになったからか。

やっぱ単なる栄養失調だったのかな、、

 

目標まであと2.5kg、

そろそろまた運動しようー

居心地

ひとりで勉強するようになって一年。

教えてもらったことをより詳しくとか繋がる部分とか応用とかを中心にやるようにしている。

新しく知ることもあるけど自分がいま知っていることやできることをより深くしていくことがいまのあたしにとっての"ひとりで勉強"である。共有できる人がいないからなんだけど、、。

なぜそこに戻らないのか、意地やプライドなのかなとも思ったけどそんなこともなかった。

正直、寂しいし悔しいし猛烈に心細い。

聞きたいことだってたくさんある。

けどこれでよかったんだなぁと思えることのほうが多くなったし、ようやくまた新しいことを教えてもらえる場所に行く決心がついた。

 

学ぶのは大好き。

知らないことを知れるのは楽しい。

「無理しないで」って

あ、また久々になっちゃった。

今日は頼まれごとがあって早起きしなくちゃいけなかったんだけど、早起きしなくちゃいけなかったからあらかじめ「無理しないで」と言われていた。

けど最近はちゃんと起きれるし大丈夫と思って引き受けたものの起きたらひどい頭痛だった。

「無理しないで」と言われていたけど約束したしいちおバイト代も出るし無理すればできるから、と時間通りに行って無事任務を果たした後、2時間ほど気絶していた。

 

ってことから「無理しないで」が引っかかってくる。行かないべきだったのか行ってよかったのか。

あたし的にはしんどかったけど約束も果たしたしバイト代ももらえたので行ってよかったと思っているし、相手も「だから無理しないでって言ったじゃーん」とは言ってくれたけど結果「助かったありがとう」と喜んでくれてあたしも嬉しかった。

 

そう、行ってよかったの、無理して。

 

でも「無理しないで」っていう言葉をあたしが受け入れて無理しないで行かないとする。で、相手は困るだろうけど無理して来てもらうより断ってくれたほうが気が楽だ、となる。

なる?なるの?

時と場合によるのか。

や、相手によるのか。

 

なんかこのへんの「無理しないで」があたしには難しい。この頭痛がある限り無理しないとなんもできないからなぁ。

 

治すことに無理すればいいのか。

早く治しちゃえばいいよね。